需要家が参加できる「再エネ価値取引市場」を創設
- エネルギー業界動向
世界で脱炭素化への取り組みが加速しています。日本でも2050 年カーボンニュートラルの実現に向け、さまざまな政策や制度の見直しが行われています。「再エネ価値取引市場」の創設もその一つです。需要家が参加できる仕組みにすることで、電力調達の脱炭素化を後押しする狙いです。今回は11月から試行される同取引市場について解説します。
監修:ENECHANGE株式会社顧問 木村愼作さん
関西電力出身。電気料金制度・供給約款などの知識やさまざまな領域での実務経験が豊富なほか、大阪府副知事も経験。消費生活アドバイザー。
電力調達の脱炭素化を後押し
電力分野では、電力を消費する側(需要家)に対し、調達電力の脱炭素化(特に、再エネ化)が求められつつああります。例えば「RE100」(Renewable Energy 100%)です。RE100とは、企業が自らの事業の使用電力を100%再エネで賄うことを目指す国際的なイニシアティブです。世界では300社、日本国内では62社(2021年10月現在、※)が参加しています。
※出所:日本気候リーダーズ・パートナーシップ(JCLP)事務局
こうした流れは今後いっそう高まっていくと考えられており、これまでは小売電気事業者しか参加が認められていなかった「非化石価値取引市場」に、需要家も参加できる「再エネ価値取引市場」が新設されることになりました。需要家の再エネ価値へのアクセス環境の改善・利便性の向上を目的に、自主的な再エネ価値の取引の場になることが期待されます。取引の対象は FIT(※) 証書で、従来の高度化法の義務履行の手段から切り離されます。
※FIT(固定買取価格)制度:太陽光発電や風力発電などでつくられた電気を、国が定めた価格で買い取るように電力会社に義務づけるための制度
欧米で主流の「電源証明型」を目指す
証書の性質については欧米の環境価値取引制度のように、予め特定の電源や産地を証書と紐付け電源種別に取引する「電源証明型」と、現行の FIT 証書のように「FIT 再エネ」という属性のみに基づき取引が行われる「再エネ価値訴求型」など、海外事例も参考に議論されました。
その結果、電源証明型を目指すことに決まりました。欧米では、事業者が脱炭素化に向けた自らの取り組みを対外的に示していくことに用いられており、カーボンニュートラルの実現のためには、こういった仕組みの必要性が今後高まると見込まれています。
電源証明型の実現には、現在実証を行っているトラッキングの制度化や、FIT 制度下での小売買取りや特定卸供給のほか、電源等を特定した小売電気事業者の電力調達の契約実務などとの関係を整理する必要があります。そのため引き続き、関係者との意見交換を行いながら検討を深めていくこととされています。
FIT 非化石価値取引市場と同じ「マルチプライスオークション」
オークション方式は、従来の FIT 非化石価値取引市場と同じ「マルチプライスオークション」(※)が採用されました。取引対象となる FIT 証書の売却収入はこれまでと同様 FIT 賦課金の軽減に活用されることから、価格の決定方法は、売却総収入が比較的大きくなる方式が望ましいためです。
売り手についても FIT 電源の買取実績をもとに、費用負担調整機関(GIO)が成行価格により入札を行うことになります。さらに、新たに需要家などが市場に参加することを踏まえれば、FIT 証書の市場取引においては、その取引・調達が比較的しやすいものであることも考慮されました。
取引回数の細分化によりオークション毎の証書の供給量(流動性)が低下する懸念もあるため、当面は従来と同様、年 4 回オークションが開催されます。
※マルチプライスオークション:売り手が成り行き価格で入札し、買い入札が売り入札量の少ない量で全て約定する。買い入札価格がそのまま約定価格になるので、総約定入札はシングルプライスオークションに比べて大きくなる
最低価格は引き続き設定
一番注目を集めたのは最低価格の議論です。これまでの FIT 証書における最低価格の 1.3 円/kWh は、暫定的に2017 年度の賦課金(2.64 円/kWh)の半額と取り決めたもので、その後環境の変化を見極めつつ必要に応じて見直すとされてきました。海外などの自主的な環境価値取引の制度も踏まえると、その証書の価格形成は、本来その価値に対する需給バランスにより決められるべきものであり、人為的な価格制約はできる限り設けないことが望ましいとされています。
その一方で、FIT 証書はその売り手が一者(費用負担調整機関)であり、入札量毎に値付けを行うことが困難なため成り行きによる入札となることから、証書の価値としての評価が著しく損なわれることがないようにと、これまで最低価格が設けられてきました。足元でも供給が需要を大幅に上回ると見込まれることから、需給がバランスするまでの当面の措置として、最低価格を引き続き設定することになりました。
0.1-0.3 円/kWh を望む需要家が多い
経済産業省はさまざま業界の需要家に、アンケートを実施しました。再エネや CO2 フリー電力を「既に使っている」または「関心がある」と回答した事業者に、既存契約から再エネメニューに切り替えるとすると、kWh あたりいくらまで許容できるかと尋ねると、0 円(全く許容できない)が約 3 割強、0.1-0.3 円が約 3 割、0.4-0.6 円以上が約 1.5 割という結果になりました。0 円の回答を除外し、回答事業者の購入電力量で重み付けした場合は、 0.1-0.3 円/kWh を望む声が最も多くなりました。
このアンケートのほか、以下の議論に基づき、最低価格は当面 0.3 円/kWhと設定されました。
- 世界的に脱炭素への取組が急務となる中、需要家による電気の再エネ価値へのニーズが急速に拡大していることを踏まえ、再エネ価値に対する需要家のアクセス環境や利便性向上を目的としている。
- 足元では証書の供給が需要を大幅に上回ると見込まれるため、需給がバランスするまでの当面の措置として、最低価格を設定するが、グローバル競争にさらされる需要家にとって脱炭素化への取組状況が競争力に影響しかねない状況を踏まえると、その価格は、海外の類似制度(0.1~0.2 円/kWh)に対して遜色ない水準が求められる。
- 市場設計の在り方を考えた場合、新たな市場における FIT 証書の供給量の急速な拡大が見込めない中、需要量は価格に応じて大きく変動する可能性が高い以上、新たな市場における価格形成を速やかに望ましい姿に近づけていくためには、需要の拡大に重きを置くことが最も重要となる。
公平性の観点から、需要家の参加要件は厳格にせず
需要家の参加要件に関しては、幅広い需要家の参加を認めることとしました。「需要家の環境価値へのアクセス環境改善」と「証書の利便性向上を図ること」が目的のため、取引機会の公平性確保の観点から、需要家の参加要件を厳格にはしませんでした。
需要家の要件については、取引所における市場参加者として相応しい信頼性を担保するために、日本卸電力取引所(JEPX)の取引資格の取得要件を満たすことを最低限の条件としつつ、国内の法人格を有することを追加的な取引参加資格として定めることを、JEPX にて検討することとなりました。
仲介業者の参加を認める
取引に参加するには、取引会員資格の取得や年会費の支払い、取引ごとの手数料の支払いなど、一定のコストが生じます。そして四半期に1回程度行われるオークションでは、需要家が必要量を安価な価格で調達できないリスクがあり、現実に取引に参加できる需要家は限られる可能性があります。こうした状況や欧米での先行事例を踏まえ、仲介業者の参加を認めることになりました。
証書の販売先については、①現状、電気の取引と切り離して証書単体での取引を希望しているのは基本的に法人であること、②個人においては、電気とセットで販売される再エネメニューにより現時点ではニーズが満たされている――と考えられることから、当面は販売対象を法人に限定することになりました。
証書の有効期限は暫定的に6月末で試行
FIT 証書の有効期限ですが、11 月より開始する試行的な取引では現行と同様の有効期限(オークションでの取得のタイミングによらず、全て6月末まで)と同様としつつ、引き続き本格的な取引が開始するまで検討していくことになりました。
有効期限の変更には、温対法上の事業者における報告方法や、証書の取扱いなども含めて検討する必要があります。また期限の変更により、証書を取得するタイミングによって温対法上の報告で活用可能となる対象年度が分かれる可能性があるため、証書の口座管理の観点でも、償却口座を新たに設けるなどの検討が必要になります。さらに、期限の変更が、これまでの証書における税務上の取り扱いに影響を及ぼさないかなどの議論も必要です。
最終オークション後は無償で分配
これまで年度の最終オークション後に約定されず売れ残った FIT 証書については、小売電気事業者の販売電力量のシェアに応じて配分されてきました。需要家が賦課金として費用を負担していることなどを鑑み、その環境価値(ゼロエミ価値)を埋没させることなく、各社の温対法上の排出係数に反映するべきという考えからです。
今回の見直しにおいても、市場取引後の売れ残り分についてはゼロエミ価値を埋没化させることなく、賦課金の負担者である全需要家に配分されるよう分配されることになりました。ちなみに、各小売電気事業者は当該売れ残り証書を無償で取得しているため、これまで同様、ゼロエミ価値を需要家に訴求することはできません。
これまで需要家は、ゼロエミ価値のある電力を調達するには小売電気事業者を通して電力と非化石証書をセットで購入する必要がありました。しかし、この再エネ価値取引市場の創設により需要家が直接市場から購入できるようになります。
果たして期待通り市場が活性化されるのか、11月の第一回オークションの結果が注目されます。また、今回の制度変更により、再エネ賦課金や再エネへの新規投資に悪影響が出るのではないかとの声もあり、今後もさまざまな議論が続きそうです。