世界各地でLNG・電力価格が高騰。日本はどうなる?
- エネルギー業界動向
9月の電力業界の一番の話題は世界的な燃料と電力価格の高騰です。液化天然ガス(LNG)や石炭といった火力発電の燃料価格が上昇。その結果、欧州や中国といった各国で電力需給がひっ迫、電力の価格も高騰しています。今回は各国の電力市場の動向を、日本の電力市場への影響があるのかを含めて解説します。
監修:ENECHANGE株式会社顧問 木村愼作さん
関西電力出身。電気料金制度・供給約款などの知識やさまざまな領域での実務経験が豊富なほか、大阪府副知事も経験。
火力発電の燃料、一般炭価格が世界的に高騰
新聞各社でも連日報道されているように、一般炭の価格がここ1年上昇傾向にあります。日本の調達量の約6割を占めるとされる豪州の一般炭の価格は前年同期の3倍以上にも高騰していると言われています。
アジアではLNG需要が急激に拡大
アジアではLNGの需要が急激に拡大しています。石炭よりもLNGは価格が安く、かつ二酸化炭素(Co2)の排出量が少ないため、中国をはじめ韓国なども調達を増やしており、約1カ月で価格が3割も上昇するという事態になっています。
他の国では調達したLNGを枯渇ガス田に貯蔵できますが、ガス田がほぼ存在しない日本はLNG貯蔵の適地があまりないため、タンクに貯蔵しています。しかし、LNGはタンク内で気化しますので、長期間貯蔵できません。そのため、需要を見誤って価格が高騰しているLNGを仕入れ過ぎた場合、企業の損失は相当なものになります。電力会社がLNGの調達量を控えると、燃料不足となる可能性もあります。実際に昨冬(昨年末と今年頭)日本では、LNG不足と寒波などが重なり電力需給が逼迫しました。その結果、電力卸電力市場(JEPX)の価格も高騰しました。
欧州でも脱炭素の潮流からLNGの価格高騰
欧州でもLNGの価格が高騰しています。前述のアジアと同じで、欧州各国も脱炭素社会の実現に向け、発電燃料を石炭や石油からCo2の排出が少ないLNGに切り替えているためです。燃料価格の高騰により、電力の卸売価格も上がっています。
イギリスではガスと風力が足りず電力の価格高騰
9月中旬よりイギリスの卸電力市場価格が高騰しているという報道もあります。欧州エネルギー取引所(EEX)グループが運営するスポット市場(EPEX SPOT)では、9月15日に1kWh当たり最大2.5ポンド(375円)を記録。同日の東京の卸電力価格が8円程度なので異常な高値と言えます。天然ガスの在庫不足に加え、風況が芳しくなく風力発電量が低下したことが原因です。
そのほか、南東部ケント州の送電施設で火災が起き、フランスとの間で電力を融通するインフラの一部が機能しなくなったとの報道もありました。この火災も電力市場の混乱の一因となりました。
こういった背景によりイギリスでは、電力・ガスの供給事業者の経営が不安定になっているとのことで、数週間の間で4社が事業停止に追い込まれたと言います。イギリス政府らは、事業者が経営破綻しても供給が滞らないように対策を行っています。
中国では電力不足により供給ストップ
中国では9月末に電力不足が発生し、全国の3分の2のエリアで電力の供給を制限したとの報道があります。電力不足の要因は当局が環境対策として石炭を使用する火力発電所の発電抑制をしたことです。これにより、アメリカ企業のアップルやテスラ向けの部品工場が操業を停止し、日系企業にも影響が出始めているといいます。
さらに、北京市と上海市の一部地域では計画停電が始まりました。中国の送電を手掛ける国有企業は計画停電について「設備の点検や改修に伴うもので、電力供給は十分だ」と話しているようですが、一番の原因は電力不足のようで、現地企業の景況感が悪化しているとの報道がありました。「世界の工場、中国」と言われているほどですので、今後世界にどのような影響があるのか注視する必要がありそうです。
日本も「他人事ではない」
天然ガスやLNGの価格高騰による電力市場の混乱は世界中で起きており、日本も「他人事ではない」と警戒する声が聞かれます。日本でも9月末に1社の電力小売事業者が民事再生法の適用を申請しました。経営に行き詰まった主要因は、太陽光パネル生産事業の不調とのことですが、昨年末から今年頭にかけてのJEPXの卸売価格高騰により、調達コストが増加したことも大きく影響したと見られます。同社はスポンサーに名乗りを上げている企業からの支援を受けて事業を継続し、契約者にはこれまで通り電力の供給を続けるとのことです。
冬季の需給見通しは厳しいとの予測
電力広域的運営推進機関の調整力及び需給バランス評価等に関する委員会の資料によると、2022年の1、2月は東京電力管内で供給予備率がマイナスになると予測されています。冬季の需給見通しについてはあらためて今秋の需給検証において確認することになっていますが、1月が-0.2%、2月が-0.3%と、他エリアから最大限の融通を受けたとしても最大電力需要をまかなえないとされています。
冬季に向けた供給力確保策
冬季の供給力を確保するための対策が進んでいます。まず1つ目は平時の備えとして、国による燃料在庫の確認を行います。電力会社各社の燃料調達の見通しなどの確認のほか、広域によるkWhモニタリングにより、定期的に発電事業者の燃料在庫なども確認します。2つ目は、前述した需給検証の検証です。東京エリアでの追加の調整力公募などを10月末より実施する予定です。3つ目は需給ひっ迫時の自家発焚き増し要請を行います。
1つ目の燃料在庫の確認は、資源エネルギー庁が半月に1回、大手電力会社のLNG在庫実績と計画について調査を行っています。例年、夏の高需要期を終えると在庫水準が低下する傾向にありますが、今年は8月末時点で高水準を維持しています。大手電力会社は燃料確保状況のヒアリングに対し、「仮に現時点で想定していない大きな需給の変化が発生しない限り、在庫の確保に問題はない」と回答しています。
昨冬のJEPX価格高騰をきっかけに制度見直し進む
昨冬のJEPX価格の高騰を受け、現行の制度を見直す議論が進んでいます。その一つが2017年より導入された「グロス・ビディング」制度です。グロス・ビディングとは、旧一般電気事業者(大手電力会社)がグループ内取引している電力の一定量をJEPXに放出するしくみのことです。大手電力会社は発電部門と小売部門の機能がありますが発電部門は従来、発電した電力の一部、あるいは全量を小売部門に直接渡していました。それをまずはJEPXで売却し、グループ内の小売部門は必要な分をJEPXから買い戻します。
グロス・ビディングは①市場の流動性向上、②価格変動の抑制、③社内取引の透明化--の3つの効果を期待し、導入されました。①の市場の流動性に関しては、売り入札の約4割が大手電力会社以外になるなど、取引参加者が多様化しました。②の価格の変動抑制に関しては、2016年8月上旬では売り追加時は-0.91円、買い追加時は+1.14円でしたが、2021年8月上旬では売り追加で-0.41円、買い追加で+0.40円と、着実に低下しており、効果が得られています。
「グロス・ビディングについて 第64回 制度設計専門会合事務局提出資料」
一方で③の透明性の向上については、現状のグロス・ビディングでは、供給力が不足する場合の成り行き買いによる全量買い戻しが認められ、限界費用に基づく入札が行われておらず、社内取引が透明化したとは言い難いのが現状です。卸売の条件面についても、必ずしも明確に価値が定量化されていないなど、社内・グループ内取引における内外無差別な取引の徹底に向けて、引き続き課題があります。そのため、現在の形でのグロス・ビディングを廃止し、取引の透明性をより高めるための新たな手段を導入する方向で話が進んでいます。
市場連動型プランのメリット・デメリットを明確に
市場連動型電気料金についても議論が進んでいます。いわるゆ「市場連動型プラン」は、JEPXの価格に連動して従量料金の単価が決まります。JEPXは30分単位で取引しているので、電気料金の従量単価も30分ごとに変動します。市場価格が安い朝や夜に電気を使い、夕方など市場価格が高い時間帯には節電をすると、電気料金を節約できるというメリットがあります。昨年年はJEPXの価格は比較的安かったので、市場連動プランの恩恵を受けることができた人も多くいたことでしょう。
しかし、昨冬には過去最高価格を更新。JEPX価格が急激に高騰しました。先ほどお話したように、市場連動型プランはJEPXでの価格が高騰すると、利用者の電気料金にもそのまま反映します。そのためいつも通りに電気を利用していても、電気料金が数倍に跳ね上がったという人もいました。
このような価格の高騰が起きるとは考えずにこのプランに登録してしまった人も多くいたことから、今後の営業方針について議論されていました。8月末の検討会では、プランのメリット・デメリットについて、十分に理解をしたうえで契約することが重要だとし、 小売電気事業者に対して市場連動型小売料金の契約前説明や契約後の情報提供を、適切かつ柔軟に行うよう要請していくことが決まりました。
説明・情報提供について② 第64回 制度設計専門会合事務局提出資料」
以上、9月の電力業界の動向「燃料・電力価格の高騰について」ご紹介しました。
昨冬の市場混乱の経験を踏まえ、日本ではさまざまな対策や議論が進んでいます。現状では燃料の調達も高水準で推移しており、昨冬のような大きな混乱は起きないといえそうですが、最近の電力先物価格の動きなどを見ると楽観できない状況であり、引き続き注視していく必要があります。